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約束の行方 (8) [小説: 約束の行方]

あの日、私が家に帰ったのは七時だった。
母の指定時間より遅かったことに罪悪感はあったが、門限は守ったんだからいいだろう、と開き直ってもいた。
ポケットに入れた手の中に残る彼の掌の温もりとプレゼントのピアスで幸福感に満たされていたから、その他のことには関心がなかったのだ。
「ただいま」と声をかけても、誰も何も言わなかった。
家中の灯りは皓々とついているのに。玄関には父と母の靴が並んでいるというのに。
二日連続はまずかったかな、とさすがの私も反省した。
きっと怒って無視を決め込んでいるのだろう。
私は気まずい想いを抱えてキッチンに向かった。
キッチンには、冷えた蛤の吸い物とデンブのピンク色と卵の黄色が鮮やかなちらし寿司。駅前のケーキ屋の箱。ワインのボトルと三つのグラス。
そこに母の姿はない。
隣のリビングを覗いた。そこにも、誰もいない。
ちらりと嫌な予感が頭をよぎった。
実際、その頃にはくも膜下出血で倒れた母は救急病院で生死の境を彷徨っていたのだ。


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