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扉の向こう側 過去(9) 2005年12月31日 [小説:扉の向こう側]

 コートを着て、玄関に座り込んでブーツまで履いておきながら、まだ迷っていた。
 何の特技も資格も免許もない私が、建築模型を作るという仕事を見つけることができた。
 社内で専任で任されているとは言っても絶えず仕事があるわけではないし、独立してやっていけるほど大層な腕前ではない。だけど、自分の思うように何かを作るのは、楽しい。一応、手に職を付けたと言えると思う。まだ今でも中西さんから一発OKをもらえる確率は低いし、これからも修行が必要だけど。
 この決断次第で私の人生が変わるのは、間違いない。
 今までどおりの生活を望むなら、このまま何もしなければいいだけだ。平日にはオフィスに行って、模型を作ったり谷さんの仕事を手伝わせてもらう、そんな毎日を続けられる。
 だけどもし変化を望めば、今の会社は辞めることになる。かなりリスクは高い。全てを失い、手元に何も残らないということもあるだろう。
 どっちが幸せかなんて、わからない。
 未来に保証なんかない。結果的にどっちがいいのかなんて、誰にもわからない。どうなるか考えたって、なるようにしかならない。目の前にあるのは、今、この瞬間にどうするのか、ということだけ。
 だから迷う。踏み出すには勇気が必要だ。

 この決断へのカウントダウンはとっくに始まっていた。
 ビザも無事取得して、渡航準備は整っている。一月十日、十七時、成田発サンフランシスコ行の飛行機で、守屋さんは日本を離れる。
 私たちは今日までに七回、一緒に食事をした。適当な社交辞令ではなく、ちゃんと”今度”がやってきたわけだけど、本当にそれだけ。見事なくらい食事だけが目的だ。
 待ち合わせをして、おいしいものを食べて、駅で別れる。メニューも、焼肉、タイ料理、鶏の水炊き、お好み焼き、etc。先週なんて、クリスマスだったと言うのに、すき焼きだった。色気より食い気の、安全な選択。
 今夜は、年越し蕎麦。なんとなく、守屋さんは今日が最後のつもりなんだろうと思う。
 正月が明けたらすぐの出発。きっと最後の準備や挨拶で忙しいことだろう。
 私は、ただ偶然が重なった上に期間が限定されているからという理由だけでこの出会いに運命のようなものを感じてはいけないと思っていた。巡り合わせが悪かったと考えた方がいい、と納得しようと努力してきた。
 でも、努力って一体、何のための努力なんだろう、と昨日になって気付いた。
 日を追うごとに一緒に過ごせる時間は減っていき、決して増えることはない。最初の頃のようにただ楽しいだけの時間じゃなくなってきた。駅で行き先の違う電車に別れて乗る度に、どーんと落ち込む。
 努力というのは、先に何か明るいものが見えるからできることじゃないのか。
 落ち込むためにする努力って、一体誰の為に、どんな未来のためにしているんだろう。


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